僕の思う科目の考え方
国数英社理の科目について考えてみましょう。独自の考え方で、異論は多々あることでしょうが、僕自身の考えを記してみたいと思います。考え方は人それぞれ異なって当然ですし、なるほどと思ったら取り入れたらよいし、そうでなかったらどうしてそう言っているのかを予測してみたらよいです。そうやって、自分の考え方が深まっていくのだと思います。
この5科目で見た場合、英語とそれ以外に分かれると思います。国数社理はそれ自体を学ぶ目的がありますが、英語は学ぶ手段だからです。この違いを認識しておいた方が、学習する意味合いをもちやすいのではないでしょうか。
国数社理について
国数社理の4科目は、各科目の何がおもしろいのか、何がすごいのかに焦点をあてながら知識を積み上げていきましょう。教科書を理解し、自分のものにした知識はそのまま、人としての厚みとなっていきます。ある程度の年齢になれば割と自然に感じることだと思います。振り返ってみて、何の知識もなく修学旅行で見た平等院鳳凰堂のもったいない感といったらありません。茶めしの薄味の記憶しかない。
それに中学校で習う知識がちゃんとあれば、ニュースもかなりの部分で理解できるはずです。だから勉強するのは長い目で見てお得です。それを受験に流用できるのだから、さらにお得なのです。
点数が伸びると、純粋にうれしくなることでしょう。だから、興味の持てる科目から勉強したらいいと思います。もし、どの科目も好きじゃない、勉強は全部つまらない、と思っている人は社会からやったらいいです。僕が単純に社会が一番好きで、一番楽しいよ、って実感持って言えるからです。
身近に野球経験者がいれば、必然的に野球の良さを知ることになります。この筆者が社会好きなので、社会が一番楽しい、と書いた。もし数学好きが書いたなら、数学からやるべきと書いたでしょう。それでいいんです。何でもいいんです。とっかかりはたまたま近くにいた人からもらって、一旦扉を開いたら広がる地平のどこでも自分の好きなところに進めばいい。いまいち勉強に関心を持って取り組めないのは、このとっかかりに出会えなかっただけだと思います。
だから、この文章を読んだあなたのとっかかりになったらいいんです。社会は楽しいよ。歴史って、それぞれの人物がひとつしかない自分の人生をかけて、これがベストだーと思ったことを実際にやってみた結果だよ。で、何がどうなったんだろうね。やってみた動画のはるかに壮大でマジなやつです。聖武天皇の「マジで人生かけて東大寺の大仏作ってみた」、紫式部の「マジで人生かけて貴族の恋愛話書いてみた」、織田信長の「マジで人生かけて桶狭間攻めてみた」、坂本龍馬の「マジで人生かけて薩摩と長州に交渉してみた」。やばいね。楽しいね。
英語について思うこと
まず、英語が好きだったり、必要性の高い人が重きを置くのは、それでいいと思うのです。アメリカ・イギリス文化などが好きなひとや、洋画を本人の声で楽しみたい、CAさんになりたい、筋肉留学をしたい、などの目的がある人は思いっきり楽しく英語に触れたらよいのです。問題は特別そういうものがない人たちです。
英語教育の大義名分にグローバルコミュニケーションがあげられがちですが、だったらスラングで答えても正解にならないとおかしいです。本音のところでしっくりこないものって、結局相性が合わないと思いませんか。だから、単純に英語を受験の得点源にする、という割り切った目的で学ぶのはどうかな、とも思うわけです。
僕は英語が苦手でした。苦手というか、何をやっているのかがわかりませんでした。それなのに、高校入試までは必要な分くらいは点数が取れていました。英文をただひたすら丸暗記してそれっぽいのを答える、という異様な方法。毎回なぜ点が取れたのか、自分でもわからない違和感。反対に、なぜ点が取れないのか、と悩む人も結局同じ構図だと思います。この辺の話はいつかどこかで。
先生が英語はセンスだから、と言ったのを真に受けて大変なことになったみたいです。高校生になって、単に文法に当てはめればいいんじゃね?(普通、そうです)と気づいたときの目からウロコ感。高2の秋。遅っっっ。
英語は手段です。割り切って文法等のテクニックを習得して、これまでより点数が取れる実感を得られたら、じゃあ英語を使って何をしようか、という方向に進めばいいんじゃないでしょうか。苦手を克服するには、まず、何で苦手なのか、を追求するのが大事かと思います。
ちなみに、文法というヒントを得て問題を読み解く。これっていわゆる謎解きと同じです。正解にたどり着ければそれでゴール、という価値観も十分成立すると思います。さあ、点数取りましょう。
さいごに
各科目はそれ自体に学ぶ意味があるので、その内容を味わえるように考える方が自分とのつながりが見えて有意義です。どうも意味があると思えない方は、なぜ文科省や教育学者の人たちはそれを学校で教えた方がよい、と考えたのか、推測してみてください。全く理由がないのにカリキュラムに入っている、ということはないです。なぜなら、理由がないのなら削って代わりに私の専門分野を入れてくれー、という学者はいっぱいいるからです。
ちなみに個人的には、子供たちが自分で身を守れる分野を必修主要科目にした方がよいと思います。交通規則、防災・避難、医学健康、刑法や人権に関する法律、ネットのルール、福祉行政などを生活防衛科(できたら生防)としてまとめ、僕なら主要5科目の一つに入れます。今、この環境で生き残る知識はこの上なく大事だからです。皆さんならどうですか。それぞれの考えがどうして違うのかな、と想像しつつ、じゃあ今のカリキュラムはなぜできたのかな、というのも予想してみると、気付かなかった側面を見れるのかもしれません。いろんなことを考えてみるのです。きっとその方が楽しいから。